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肝心の書き手はまだまだ38度の熱があります [阪急交通社]

1997年にルクソールという町でテロ事件が起こり、多くの観光客が犠牲になったことを覚えていらっしゃるでしょうか。
あの事件のあと、しばらくは観光目的のエジプト渡航者が激減し、旅行業界的にも大打撃でした。
あまりエジプト旅行に対してマイナスな面を書きたくはないのですが、ま、現実の話として。

そのごのエジプト政府の安全対策というものが、他の国では見られないほどに徹底していて、例えば外国人観光客を乗せたバスが街中を走る場合、1台にひとりのツーリズムポリスが同乗します。
自動小銃を持った警官です。
ぱっと見たところはスーツに身を包み、バスの中では静かに座ってドライバーと会話をしている程度なので、あまり気になることはないのですが、ジャケットの中の腰の部分がボコっとふくらんでいます。
長さ20センチくらいの銃を所持しているのです。

今回の出張では私達のバスにも同乗していました。
「ねぇ、どんな銃持ってるの? ちょっと見せてくださいよ。」
通訳を通じて話しかけてみます。
日本人からそんなことを聞かれたのは初めてらしく、同乗していたツーリズムポリスはニヤニヤしながら言葉を返しました。
「お前は銃に興味があるのか?」
「おう、銃に興味を持っているんだ。」
本当は銃なんぞに興味ありません。

「そうか、じゃあ見せてやる。エジプトのツーリズムポリスが普段持つのはこのナントカカントカという銃で、これはナントカ国製で、ナントカナントカなんだ。お前はこの銃を知っているか?」

長~いウンチクが始まってしまったので、通訳の言葉がよくわからないふりをしてその場を切り抜けましたが、見せてもらったのはけっこう大きな銃でしたよ。
団体ツアーでエジプトを訪れたら、必ず見かけるとおもいますので、腰周りに注目してみてください。



そのルクソール(↑)へ向かいます。

アスワンからルクソールへ陸路で移動するとき、観光バスは道路を勝手に走ってはいけないことになっています。
たとえば、前日のホテル到着が遅い時間だったからという理由で、添乗員の判断によって翌日はゆっくり目のホテル出発ということができません。

この区間、バスはツーリズムポリスによって護送されなければならないのです。

陸路でルクソールへ行くバスは、決められた時刻に決められた場所に集合し、いろいろな旅行会社のバスが一列にならんでアスワンを出発します。
列の先頭と最後尾には、あのツーリズムポリスのパトカーが同行します。




これがツーリズムポリスのパトカー。観光シーズンにはバス100台以上が連なり、先頭から最後尾までの距離は数キロメートルにもなるとか。

アスワンからルクソールの間にも、歴史的な遺跡があり、その都度ツーリストポリスに先導された観光バスは停車します。
とある遺跡を見学していたら、ナイル川にクルーズ船が停泊しているのが見えました。




エジプト観光で忘れてならないのがこのナイル川クルーズ。
エジプトの遺跡はほとんどがナイル川沿いに建設されたので、船で川下りをしながら遺跡めぐりができるのです。
これは楽ですよ。
移動するホテルに泊まっているあいだに、遺跡や観光地が目の前にやってくる、といった感覚でしょうか。




写真左に見えるオベリスクは、本来入り口の左右に1本づつあるべきものですが、1本はフランスに奪われてしまい、残っているのは1本だけ。


そのオベリスクを切り出している途中に、オベリスクそのものにヒビが入ってしまい、切り出しを中止したオベリスクがそのまま残っています。何千年前のものなのでしょうか?




こちらは韓国からの観光客。世界各国からの観光客があつまる国なのですが、その中でも特に多いのがドイツ人とイタリア人だとか。




ツアー中に必ずでる鳩料理。中にはケチャップで味付けしたライスが詰められています。ビールのつまみには最高です。




遺跡の裏で休憩中(?)の男性。数千年の歴史に思いを馳せている・・・ようには見えませんでした。




ルクソールにも日本食レストランがあります。べつに和食が恋しくなったわけでもなく、こんな場所に来てまで日本食なんて食べなくてもいいのですが、最近は「この国の和食レストランのレベルはどんなものかチェックする」という興味本位の目的で、外国での和食を食べることがあります。ルクソールの和食はなかなかのレベルでしたよ。ただし、エジプト人にだす和食と、日本人にだす和食は味をかえてあるとのこと。
その味の違いは・・・、エジプト人向けには甘いメニューをだすそうです。
どんな味の和食なのでしょうか?




王家の谷があるのがルクソールです。早朝からたくさんの観光客が来ていました。この時期は日中は暑いので、朝しか動き回れないのです。




この日はバスで、紅海に面したリゾート地ハルガダ(↑)へ。




この移動にもツーリズムポリスがついてきます。私が乗ったバスが列の最後尾でしたので、その後ろからついてくるパトカーの写真を撮ることができました。


ハルガダで1泊した翌日はスエズ湾を渡り、世界のダイバーの憧れの地シャルム・エル・シェイク(↑)へ。潜水艦のようなものにのって海底をのぞいてきましたが、真っ青に澄んだ水と、恐怖感を感じるほどに鮮やかな珊瑚を見ることができました。




シャルム・エル・シェイクの土産屋で店番をしていた子供達。「初めて日本人を見た」といって、木細工をつなぎ合わせたネックレスと私にくれました。「ありがとう」とお礼をいうと、「かわりにそのデジカメを貰えないか?」とのことでした。




セント・カトリーヌへ向かう道路沿いのお店。この時点では体調も完璧に戻っていたのですが、さすがにこの肉に手をだす気にはなりませんでした。切って焼いたものを見る限りは、かなり美味そうでしたが。

シャルム・エル・シェイクとセント・カトリーヌがあるのはエジプトでも東の端の方で、この半島はシナイ半島と呼ばれています。この半島には旧約聖書の創世記でモーゼが神から十戒を授かったと記されているシナイ山があります。
その山に登ることにしました。




出発は午前2時、懐中電灯が必需品です。




こんな岩山を登ること約2時間。まだまだ上に行くこともできますが、今日は午後の飛行機に乗って日本へ帰らなければならないので、途中で足を止め、日の出を待ちます。




眠たそうなラクダ君の向こうから、ありがたいご来光が。山の麓からこのラクダに乗ってくることもできますが、切り立った崖が続くこの山道では、自分の足で歩くのがベストです。




午前2時に出発した、セント・カトリーヌ(←地名です)のホテル。昨日は夜遅くに到着し、暗いうちに山登りにでかけたので、セント・カトリーヌ景色をみたのはこれが初めてでした。なんだか、山の奥からルーク・スカイウォーカーが飛び出してきそうな風景で、ちょっとドキドキしました。




紅海からスエズ湾の海岸線を走ります。夏休み中ということもあり、海辺では家族連れが多く見られました。

バスの中で現地のガイドが、「エジプトにだって温泉が湧くんですよ」と誇らしげに言っていたのですが、「へー」とか「ほー」とか、あまり興味のない様子を示したら、ぜひその温泉がこの近くにを見に行きましょうと言い出しました。
今日はカイロに戻り、そのまま夕方の飛行機に乗るので、予定外のことはしたくなかったのですが、どうにも我々に「エジプトの温泉」というものを見せたいらしく、これまでの日程をほぼ完璧にガイドしてくれた彼の意向ということもあり、ちょっとだけ遠回りして温泉を見てきました。




これがその温泉の湧き出るところ。




その温泉が流れ着くところ。子供がひとり遊んでいました。
以上。




そのガイドのムスタファさん。観光に関する知識も幅広く、まさにパーフェクトなガイドでした。

で・・・、

浦和レッズのエジプト遠征応援ツアー、どうしましょうか?
砂漠の国なので、豪雨で試合が中止ということはまずありませんが、もし企画したら、皆さん行きます?


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