アルビレックス新潟戦①/2005年12月3日(Jリーグ第33節/ビッグスワン) [2005Jリーグ]
今回が初めてのケースだったのですが、応援ツアーをバスごと買取りしていただいた団体が2件ありました。
1台40名を2台チャーターしていただいたオーノーズさん、16名でワイワイ楽しく参戦した浦和ドリームズさんの2グループです。
バスを貸切にしてしまえば、集合時間や出発地を自由に設定することができます。
今回オーノーズさんは午前6時に、浦和ドリームズさんは午前6時半にさいたま新都心駅を出発です。
そのお見送りをするべく、福島は5時半に新都心駅に到着しました。
まだ真っ暗の12月上旬の朝でしたが、普段よりさらに寒さが厳しかったような気がします。
白い息を吐きながら、オーノーズの幹事さんにご挨拶をしたあと、浦和ドリームズさんのもとへ。
こちらでも幹事さんにご挨拶をしましたが、どちらの幹事さんも参加者リストを片手に忙しそうです。
大変な仕事ですよね、幹事さんというのは。
忘年会の幹事でさえいろいろと苦労するのに、旅行の幹事ともなれば背負う責任は大変大きなものになります。
オーノーズの幹事である遠山さん、浦和ドリームズの千葉さん、おつかれさまです!

<浦和ドリームズさんのバスは、赤いボディに赤いてんとう虫のデザイン!>
このお2人にご挨拶したあと、福島は7時出発の赤い稲妻大作戦本体の皆さんをお出迎えもせずに、電車に乗って大宮駅へ。
受付から出発までは他の添乗員に任せてしまいました。
今回のツアーは買取りも含めて19台での遠征となったのですが、これまでのツアーと同じように、前日に添乗員から参加者に電話でご挨拶とバス号車を伝える電話をしました。
大型バスが11台集まる新都心には、450人の参加者が集合します。
事前に参加者それぞれにお乗りいただく号車番号をお伝えし、集合をスムーズにしようというものでしたが、参加者のご協力のおかげでスムーズに新都心を出発できたようです。
私が大宮駅に着いたのが6時50分、まめの木の下で今回のゲスト添乗員とお会いしました。
ひとりは約1ヶ月ぶりの登場の河合貴子さん、ひとりは9ケ月ぶりに登場の西野努さん、もうひとりは今回初登場となる福永泰さんです。
このお三方に参加していただくことは内緒にしていたつもりだったのですが、以前から、「新潟戦のゲスト添乗員は誰なの?」と質問され、駄目押しで「西野さんなんでしょ?」と聞かれていました。
しかも西野さんが26日の磐田戦の後、レッズバーで清尾さんから「来週は阪急交通社で行くんだろ?」と突っ込まれて、ステージ上でタジタジになっていたので、これはバレたなと覚悟していました。
そうです、西野さんですよ。
で、福永さん。
最近はテレビ・ラジオの解説や、フットサルのコーチのお仕事を精力的にこなしている超多忙なお方なので、ゲスト添乗員としての同乗などをお願いしてもいいものか躊躇していたのですが、福永さんは二つ返事で快諾してくれたのでした。
実際には快諾どころか、「ツアーでこんなことをしたら参加者の皆さんも喜んでくれるかもしれない」というアイデアをたくさん出していただき、そのいくつかは実際にツアーの中でやってみました。
その一つが、福永さんご自身がヒッチハイクでバスに乗り込むというもの。
参加者と同じ時間に同じ場所に集合するのは在り来たりなので、バスの通り道に先回りしてヒッチハイクでバスをつかまえるというものです。
事前に3人でヒッチハイクのためのボードを作っておきました。

「新潟行き?」by 謎のヒッチハイカー①

「新潟連れていって下さい!」 by 謎のヒッチハイカー②
新都心駅から1キロほど離れた交差点で福永さんが「新潟行き?」を掲げ、その後方100メートル付近に西野さんが「新潟連れていって下さい!」を掲げる。
これ以上ないコテコテの演出ですが、3人が3台のバスにそれぞれ乗り込むと、どの車内からも歓声が聞こえてきました。
つかみはOKです。

<トークもOKです>

<特にこの添乗員は、週末の埼玉スタ応援ツアーで鍛えています>
今回のツアー、運行する側として一番心配だったのは工事による交通規制と雪の問題です。
交通規制については、工事は殆ど終了して区間も短くなっているという情報をバス会社から得ていたのでそれほどには心配していませんでしたが、雪に関しては出たとこ勝負になってしまいます。
朝7時に出発するのであれば、雪の影響が無ければ11時過ぎにはスタジアムに到着することができます。
多少の雪の影響があっても12時過ぎには現地に到着できると予想はしていましたが、通行止めにでもなったらそれこそピンチです。
最初に休憩した赤城高原では晴れ間が見えましたが、次の休憩の越後川口では吹雪いています。
しかもチェーン規制で車はノロノロ運転。

<大丈夫かな・・・ 本気で心配になってきました>
最終戦でキックオフに間に合わなかったら、添乗員はスタジアムで吊るし上げられるだろうなぁ。
その場合は俺も吊るし上げられ・・・、いや、俺が一番先に吊るし上げられるだろうなぁ・・・。
せめてキックオフには間に合うように現地に到着してくれ! と祈るように座っているワタクシでしたが、関越トンネルを抜けてしばらく進むと、前方はるか彼方は太陽の光が差し込んでいるのが見え、雪も次第に雨に変わり、そのうちあがってしまったので、これでやっと安心できました。
結局スタジアム到着は12時を過ぎた頃でした。
ここのところ、試合を90分間すべて見られないことが多かったのですが、今日も同様にスタジアムに入ったのは前半10分を過ぎた頃でした。
以前にも書きましたが、添乗業務というのは確認事項の連続です。
特に今回は日帰りプランに加えて1泊2日のプランがあったので、その号車を受け持つ添乗員は宿泊施設に確認電話を入れる必要があります。
今日の宿泊は何名で、ひとり部屋が何ルームで、二人部屋が何ルームで・・・。
そんなの前日にやっておけばいいのでは、といわれそうですが、もちろん前日にも連絡はいれてあります。
ところが当日に旅行キャンセルが発生することも多々あり、その確認の意味も込めて宿泊当日に宿に電話で連絡をするのです。
そんなことをしている間にキックオフ時間がやってきて、宿泊プランの添乗員3人と福島は駆け足でスタジアムへ・・・。
スタジアムの敷地をあるいているとき、スタジアムから大歓声が聞こえてきました。
その歓声はしばらく続いたため、どちらかが点を取ったことは容易に推測できました。
問題はどちらの得点だったかということです。
歓声が止み、しばらくしてからレッズコールが聞こえてきました。
これはレッズの先制点だな。
自信がありました。
これがもし新潟の得点であったならば、間髪入れずにレッズコールをするはずです。
新潟サポーターの歓声が止む前に、です。
歓声が止んでからレッズコールが起こったのは、その歓声がレッズ側であることを示しています。
もう、ニコニコしながら駆け足でスタジアムに飛び込みましたよ。
そしてアレヨアレヨという間に前半で0-2になってしまいました。

<この時間では席なんぞありません>
今日レッズが勝って優勝するための条件に、ガンバ大阪とセレッソ大阪が両方とも引き分け以下になるというものがあります。
他会場の結果も気になるところですが、これはハーフタイムのスタジアム放送までガマンガマン。
そのスタジアム放送、なんと両チームとも引き分けているじゃありませんか!
優勝ですよ、このまま試合が終了したら!
しかもありがたいことに、ウチの家族やら友達から、試合経過の報告メールがたくさん届きます。
ガンバとセレッソの試合が気になっているだろうと思って知らせてくれていることと思いましたが、私はこんなメールを返信したのでした。
「ありがとう、でも今後は他チームの経過報告は不要です。応援に集中したいので。」
その後半戦、見ていて楽しくなるようなサッカーを久しぶりに見せてくれましたね。
終わってみれば4得点の快勝、いい試合でシーズンを締めくくることができました。
で、他会場の試合結果。
ビジョンで映し出されるのを楽しみにしていたのですが、隣にいたオバチャンの口からから聞きたくもない言葉を聞いてしまいました。
「あーら、2-1でセレッソ勝っちゃったよ」
おいおい、やめてくれよオバチャン。
携帯電話で速報をチェックしていたようです。
その一言を聞いて、高まっていたテンションが一気に下がってしまいました。
隣のオバチャンの呟きで試合結果を告げられるのは想定外でしたよ。
(↑普段なら激怒してしまいそうですが、今日はヘナヘナっとなりました)
でも実際にはセレッソは引き分けでしたね。
勝ったのはガンバでした。
何を見ていたのでしょうか、あのオバチャンは?
同じ優勝を逃したショックでも、誤報を聞いてがっくりきたのかと思うと、さらにガックリきました。
最終節でいろいろと思うところもありましたが、仕事としてスタジアムに来ているので、試合終了後すぐにスタジアムを出てバスに向かいます。
今年のリーグ戦、スタジアムを背にしてサポーターの歌を聴いたのは何回あったでしょうか。
いつも後ろ髪を引かれる思いなんですよ、本当に。
仕事で観戦できて羨ましい、といわれることが多いのですが、負けても勝っても試合終了の笛とともにスタジアムを出るのは寂しいものです。
バスの中も重い雰囲気でした。
悔しいとか、悲しいとかではなく、疲れがどっと出た重い雰囲気です。
3月5日から始まったシーズンの疲れが一気に出たのでしょう。
ゲスト添乗員の3人も、「お疲れ様でした」以外の言葉は見つからなかったようです。
試合終了後1時間を経過した頃、宿泊プランの3台は高速道路にのって猪苗代方面に向かいます。
途中の吹雪でスピードを押さえて走っていたので、予定時間から送れること約1時間、宿に到着したのは7時半でした。
8時からの宴会は、ゲスト添乗員のトークショーで盛り上がりました。

<ぶっちゃけトークもちょっとだけありました>

<ひとりだけカメラ目線!>

<こちらのお二方はトークに集中>
盛り上がりすぎて、この場ではお知らせできないような内容もたくさんあったので、トークショーの内容は・・・、秘密です!
(ごめんなさい!)
トークショーに続いておこなわれた抽選会も熱気ムンムン。
福永さんがご自宅から探してきてくれたお宝グッズも大好評。
特に彼自身の現役時代のポストカードは、いま見たら恥ずかしくなってしまうほどに若い頃の写真が使われていて、会場の皆さんも大爆笑。
福永さん以外の選手のポストカードも混じっていて、なかにはネイハイスや田畑、田口さんや城定のものまであり、私個人としてもそれを眺めているだけで大変楽しいものでした。

<福島にはかなり暑い時間帯でしたよ、あれだけ重ね着してたんですから>
予定時間を大幅にオーバーした宴会は、その後に西野さんと福永さんのサイン会になってしまいましたが、お二方とも笑顔でサインと写真撮影に応じてくれていました。
河合さんを含めて、今回のゲスト添乗員さんに感謝です。
スタッフとゲスト添乗員が食事にありつけたのは宴会が終了してからのことで、さらに温泉に入ることができたのは日付が変わる少し前でした。
風呂からあがってから、西野さんと缶ビールを飲みながらスーパーサッカーを見ました。
テレビはどこのチャンネルでもガンバの宮本さんの涙と笑顔を映しています。
大黒も普段以上の笑顔でインタビューに答えていました。
普段は名前も聞かないような選手まで、最高の笑顔でテレビに出演しています。
テレビで改めて順位表をみて思ったことは、リーグ戦の結果というのは開幕戦からの積み重ねであるということ。
結局レッズは勝点1の差で優勝を逃したわけですが、12日のガンバ戦で引き分けていれば・・・とか、23日の千葉戦で引き分けていれば・・・、という話ではなく、それも含めた長いシーズンの結果が勝点1の差だったのです。
「1999年にJ2に落ちたとき、得失点差1で降格が決まったのと同じだね」
西野さんがそう呟いていました。
二人とも、もっと飲むつもりでビールを買ってきてあったのですが、350缶を1本飲んだだけでお互いに疲れがでてきたので、そのまま自分の部屋に帰りました。
2005シーズンが終わった夜は、こんな感じで更けていったのでありました。







